November 1, 2008
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1989年、その年の冬僕はロンドンにいた。 この年はまさに奇蹟と言ってもよかった。 STONE ROSESが1stをリリースしアシッド・ハウスの嵐はイギリス中を吹き荒れており、12月のロンドンHMV,TOWER,VIRGINの壁一面にはSOUL II SOUL,808STATE, DE LA SOUL、そしてFOOL'S GOLDが埋め尽くしていた。 ROUGH TRADEのショップではInspiral CarpetsのCOOL AS F**KのT-Shirtsがもう少しでSold Outで、Paddingtonの駅の壁にはA GUY CALLED GERALUDのパーティーのポスターが貼ってあった。 DingwallsではFELTの解散ライブがひっそりと行われていたはずだ。 ひとりですることもなく入ったクラブでDJがプレイしたHappy Mondaysの"Wrote for luck"のVince Clarkのミックスを聴いたとたんにマンチェスターという言葉が僕にとってほんとにリアルなものとなった。 すべてのポップミュージックはダンスミュージックだった。 踊ることは、ほんとに新しい扉を開いてくれた。 John Squireがどこかの雑誌のインタビューで言っていた。 『主役はオーディエンスなんだ』 この言葉の本当の意味を理解したのは、もっと後になってからだけど、今思えば90年代を通じてヨーロッパのダンスミュージックは全てこの前提の上に進化してきたように感じる。 90年、次々にリリースされるシングルは一枚一枚がほんとに輝いていた。 みんな踊ることに夢中になっていた。 この時期に様々なアーティストによってなされた試みが、どんどんダンスミュージックを進化させていく様子は本当にエキサイティングだった。 この年の夏にQUATTROで行われたMANCHESTER NIGHTで来日したPaul Oakenfoldは808STATEのウォームアッププレイで一曲目の"KINKY AFRO" から、一時間後には見事にアシッド・ハウスへと流れていった。 あれこそがきっとバレアリックとよばれるサウンドだったにちがいない。 91年になると、僕はこの流れを完全に自分の世代にとってリアルタイムの、そしてほんとに強力なムーブメントだとはっきり意識していた。 どうやってこの流れに参加しようか考えてた毎日が懐かしい。 それからレーベルをスタートさせ、野外RAVEをはじめ、Ibizaへ行き、自分自身もDJとなり心からワクワクさせてくれる音楽を追い求めてきた。 結局今でもその延長にいるとしか言えないし、 僕の人生を変えたのは60年代のMODSでも70年代のPUNKでもそして 80年代のNEW WAVEでもなく、この90年代のムーブメントだった。 もちろんKINKSもJAMもSMITHSも 大好きだけど、でも20年たった今でもADCHESTERは僕の中ではリアルタイムに生きている。 Alan McGeeもTony Wilsonも、そしてSTONE ROSESも誰も信じない夢を見ることができたからその先の世界を変えることができた。説明することのできない真実を、ほんとうに信じることができたからそれまで誰にもつくることのできなかった思いを音楽にのせることができたんだ。 踊り続けたその先に、いったい何があるのかはわからないけれどこの20年間の中で感じた最高の瞬間は、いつも踊っているときだった。 そして僕らがあの時見た夢はまだ終わっていない。自分が信じた思いをさらに強い信念を持ってもう一度彼等が伝えにきている、今年のFuji Rock、Green Stageの上のMY BLOODY VALENTINEを見ながらそう感じた。 メッセージは言葉ではなく思いなのだ、説明も分析も拒んでいる。だからそれぞれに感じるしかない。 またあの熱病のように明日を信じる気持ちがきっとやってくるだろう。 YODA TARO(HORIZON/WRR) yodataro.com |
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The Stone Roses/The Stone Roses
すべてはこのアルバムから始まった。 ロックがアシッドハウスやレイヴのポジティブな バイブレーションを取り込み幸福な化学反応が引き起こした最高の爆弾。 発売から20年たった今もその輝きは色あせることがない。 多分作った当人たちですら無自覚であった イノセンスと希望は消え去ることのないメッセージ。 |
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My Bloody Valentine/Loveless
タイトルとは裏腹にほんとのテーマは愛そのもの。 こんなにやさしいアルバムはかつてなかった。 ギターで作り上げた揺らめくようなサウンドは多くの誤解も含め混沌とした 当時のシーンを象徴する名作であり、多くのミュージシャンが彼等の 呪縛に取り込まれた、不朽の名作。 |
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New Order/Technique
時代に先駆けアシッドハウスやダンスビートを知っていた彼等が本気で 取り組んだダンスミュージック。 当時は賛否両論、様々な評価をされたがマンチェスターのシーンの先駆者 としてROSES達の世代にとってこのアルバムのリリースの意味は大きい。 どこかでプレイされているはず。 |
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The La's/The La's
ギターポップ、ロックがまだ美しい夢をみることができることを実証した リバプール発の最高のポップアルバム。 当時のプジティブに夢を見ていた僕らをこのアルバム一枚でノックアウトし 自ら行方を断ってしまったThe La's、2005年に復活するもまた行方不明に。 |
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The Jesus And Mary Chain/Honey's Dead先駆者であったJAMCもやはり時代の洗礼を受けた名作、このアルバムで もういちどシーンのトップに浮上、彼等はメジャーからのリリースではあったが もちろんCREATIONの影響下にあり時代の空気を敏感に反映させている、 収録曲であるTEENAGE LUSTが多くを物語っている。 |
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Happy Mondays/Pills 'n' Thrills and Bellyaches
たぶん当時のシーンでいちばん無軌道なジャンキーだった彼等がほんとうに いちばんグルーヴィーなサウンドを作りあげた傑作。 プロデューサーはPaul Oakenfold、このグルーヴを作っている時、 演奏している時だけは全ての焦点はあっていたはず。 真実がドラッグを超えてゆく瞬間のドキュメンタリー。 |
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Primal Scream/Screamadelica
エクスタシーとアシッドの作りだす夢をそのままアルバムにしてしまった スタイルを固定しない彼等にしかできないアルバム。 当時の熱狂にいちばん素直に反応したのがBobbyだったのではないだろうか? シングルのコンピレーションのようなアルバムが時代を象徴している、 彼等の最高傑作。 |
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808 State/90
アメリカで生まれたハウスがアシッドハウスの嵐となってイギリスで吹き荒れ、 そのど真ん中からうまれたUK産アシッドハウスの決定盤! 89年リリースでタイトルが90、まさに新しい音楽が誕生したことを宣言している。 収録曲のPacific Stateは時代を超えたハウスアンセム、 今日もきっとどこかでプレイされているはず。 |
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RIDE/Nowhereあの狂乱の時代のイノセンスとノシタルジーを見事に詰め込み、 ほんとうの意味での少年性を見事に結実させた奇跡のアルバム。 このアルバムまでの2枚のシングルですべては予言されていたのかもしれない。 このアルバムのあと彼等が大人になったことによりすべてのマジックは消滅した。 つくろうとしてもつくれない思いで出来上がっている。 |
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Soul II Soul/Keep On Moving80年代後半のダンスシーンのヒップな部分を担当したSOUL II SOUL、 ACID JAZZやレアグルーヴの登場の先駆けとなった。このアルバムの リリースがMASSIVE ATTACKのBLUELINESへと繋がる道を切り開いた。 80年代後半のロンドンのクラブシーンを象徴する一枚。 |
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